先日、マリアージュのクライアント様が大変興味深いお話を聞かせてくださいました。
その方を仮に夢さんとお呼びしたいと思います。
夢さんは服飾関係の高級ブランド店に事務方として勤務されています。
夢さんの主な仕事は、商品の在庫状況の確認や電話対応、発注・納品の管理などでした。
夢さんは勤めて約一年になりますが、彼女は店舗裏から来店するお客様や店舗スタッフをよく観察していて、とても大きな学びがあったと仰います。
彼女が一番不思議に思っていたのは、来店するお客様の在り方でした。
多くの方が接客スタッフにとても尊大な態度で接するのだそうです。
見下した物言い、後から来たのに自分が待たされると怒る、とても多くの方が来店するお店でスタッフから「○○様」と言われないと怒る、新作が入荷するとそれを求めて日に何度も来店し「何でないんだ!」と喚く、何点もの商品を取り置きするように言いつけて結局取り来ない。。。
この他にも色々あるのだそうですが、上述のようなことは日常茶飯事なのだそうです。
そして、夢さんも用事で店舗に出た際、お客様から怒鳴られたそうです。
お客様が新作の一つを指さされ、夢さんに「いくら?」と声をかけたそうです。
夢さんが価格を答えると、その方は「貰うわ」と言われました。
けれども、その商品は欠品中だったので、夢さんがその旨を伝えると、その方は「値段を聞いたら買うつもりがあるに決まっているだろう!お前は私が金がないと思ったのか!」と激昂されたそうです。
夢さんはあまりにも想定外のことを言われ、頭が真っ白になったそうです。
その時は他のスタッフが間に入って収めてくれたそうですが、あまりの衝撃で怒りや怖さ、悲しみなども全く感じず、ただ、「そんな発想があるのか」と呆然としたとのことでした。
夢さんは考えました。「こういう人たちって、何なのかな?」と。
それから店舗裏から毎日お客様観察をし、夢さんなりの一つの結論を出しました。
それは、「自己肯定感が低い」ということ。
ブランド品を買うことや身に着けること、高級ブランド(スタッフも含めて)を見下し、煽ててもらうことで自分の自己肯定感の低さを補おうとしているんだと思いました。
また、夢さんは別のことにも気がつきました。
争奪戦になっていて欠品続きの商品を「何となく」来店してスッと購入していく方がいること。とてもお金持ちなのにスタッフにも丁寧で待つのも気づかれないのも全く気にしない方がいること。一言二言の遣り取りしかしていないのにこちらが引き込まれてしまうような魅力をお持ちの方がいること。
「こういう人たちは何が違うのだろう?」と考えて、やはり自己肯定感ではないかと感じました。
誰かや何かにわざわざ自分の価値を証明してもらわなくても、自分で自分を肯定できる。
けれども、そういう方々が所謂「ポジティブ」かと言うと、必ずしもそうではない。
ポジティブもネガティブも全部含めて肯定しているような印象で、とても自然体だと思ったそうです。
夢さんは「嫌な」お客様を観察することで、自分のことも客観的に見ることができたそうです。
その方たちの言動や振る舞いは、自分の言動や振る舞いとして心当たりがありました。
「私はお客様を通して自分の中のものを見てるんだ」と思ったそうです。
根底にある低い自己肯定感も、そういう人に接する人たちがどんな気持ちになるのかも、よく分かったとのことでした。
夢さんが、マリアージュの言う「ポジティブ・ネガティブ・そのどちらでもないもの。その全てを肯定することから生まれる感覚が最も大切で、そこから選び創り出すものが自分らしさであり、自分らしい生き方である」という意味が、ようやく本当に腑に落ちたと話してくださいました。
夢さんは今年中に今の職場を退職します。「もう十分」と思ったそうです。
確かに、これを聞いて私も「卒業なんだな」と思いました。
お金や経済についての勉強も始めたそうです。
夢さんは今、家族や「家」というものに関わって付いた傷と向き合っています。
職場での気づきを基に、良いも悪いも全部含めて自分を受け入れたいと考えています。
そして、もっともっと自由に幸せに生きたいと願い、地道に、堅実に、自分を整えることに邁進しています。