私は昔から神社巡りが好きです。
大学生の頃は、よく友達とあちらこちらの気なる神社さんにお詣りしたものです。
私にとって神社さんは自然に自分の生活に溶け込んでいて、心と体の調整になくてはならない場所です。
そして、ご祭神との縁を通して自分のエッセンスを発見する場所でもあります。
ご自分と縁のある神様を知りたければ、まずは自分が好きだったり惹かれたりする神社さんにいらっしゃるご祭神を調べてみるといいです。
主祭神ではなくても、摂社や末社に惹かれている神社さんのご祭神と同じ方がいらっしゃることがよくあります。
それから、できれば産土の神様も調べてみることをお勧めします。
産土の神様とは、自分の生家の氏神様です。
産土の神様は、自分がこの世に誕生する際にお力添えくださった方々ですから、特に強いご縁で結ばれています。
私は元々京都出身ではありません。ただ、故郷よりも京都の方がずっと過ごしやすくて、居ついてしまいました。
私は故郷があまり好きではありません。自分の居場所と言えるものはどこにもないと思っていました。
産土の神様もとっても小さな神社さんで、有名でも何でもないし、華やかさもないし、神社仏閣に興味があっても、雑誌の神社特集に載っている有名所にばかり気が行って、一番身近なその神社さんを振り返ることはありませんでした。
けれどもある日、惹かれる神社さんのご祭神と自分との縁やそのサポートに何となく気づき、意識するようになった時、ふっと「そういえば、あの神社さん(産土の神様)のご祭神って誰だ?」と思い、調べてみてすごく驚きました。
私が惹かれたり、まさにご縁とサポートをいただいているご祭神が全員!そこにいらっしゃったのです。
確かに縁を感じる神社さんは、どこか懐かしさを感じさせます。
「生まれた時から自分を知ってくれていた」「ずっと自分の傍にいてくれていた」と知った何とも言えない感動は、私の「生まれ故郷を愛せない。受け入れられない」という、自分のルーツに関わるとても大きなブロックを溶かしてくれました。
産土の神様を通して得た「私は故郷が好きではない。でも、それでも確かにその場所は居るべくして居る所だったのだ」という納得は、自己否定と世界との隔絶を生み出す孤独な心に安息を与えてくれたのでした。
今は社会の状況としてなかなか行けませんが、実家に戻った時は時間を見つけて産土の神様のもとへご挨拶に行きます。
入口に立てば、全てを見渡せるような神社さんですが、昔には感じられなかった温かさを感じることができて、嬉しさもありつつ、少しの哀切を感じる私の「故郷」です。